goto's Q / 018 千田堅吉
Q.京都には、たくさんの「美しい日用品」が伝わります。琳派のエッセンスが詰まった「唐紙」もその一つ。時空をこえて生きるための、美の命の秘訣は何でしょう?
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「唐長」こと、「唐紙屋長右衛門」は寛永年間に始まり今に至るまで、350年以上にわたり連綿と続いてきた全国でただ一軒の「唐紙屋」、修学院離宮の近くにある。もとは中京にあった工房を移したのだというが、壁紙だけでなく、はがきやコースター、レターセットなど、唐紙の紋様を使った「小もの」も置かれていて、若いお客さんが次々に訪れ唐紙に親しんでいる。唐紙は歴史的には、中国から輸入された美術紙の総称で、平安中期以降は、草木染料で染めた和紙に、顔料や雲母を版木で刷り上げたものが、国内でもつくられるようになった。植物や花鳥風月の紋様が彫られた唐紙を手にとると、誰もがそのモダンなデザインの新鮮さに驚き、その刷りの微妙にやわらかい調子のとりこになるだろう。かつては何千種もあったといわれる版木のうち、今に伝わるのは600あまり。唐長はそれを今も刷る。新作なし。宗達や琳派に影響された美のエッセンスがたった一枚の朴の木の板に結晶し、刷り手はかわっても、現在まで続いてきたのは驚くべきことだ。どんなにコンピュータが発達し、ケイタイが進化しても、京が育んできた暮らしの美の蓄積の方が命が長いような気さえする。そんな話を僕がすると、11代目の千田堅吉さんはゆっくりと答える。「江戸時代にほぼ完成し、淘汰され、よしとされるものが残った。よけいなことせんでも、もう、すでにそこにええもんがある。だから、無理せんことが大事です」
ANSWER:父親(先代・千田長次郎)は職人気質そのもので、気難しいところがあるというか、子どもからしたら「手仕事」が何なのかは、ようわかりませんでしたね。当時は、サラリーマンの方が華やかに見える時代でした。でも、別に父親や家業への反発とかじゃなくて、勉強は大嫌いなくせに、たまたま理数系の方が成績が良かったという単純な理由で大学もその方へ進んで、サラリーマンになったんです。5年間勤めてました。だからね、何でも「割り切れる」ものへの興味が強くて、逆に国語みたいな曖昧さがあるものへの抵抗が強い少年時代だった。何でもこう、合理的なものを求めてた。
子どもの頃、京都御所で遊ぶのが大好きで、よう虫取りしました。不思議なもんでね、例えば「虫にようけ足があるのは何でやろう」とか、「葉っぱが緑なんは何でやろう」とか、ともかく、自然のものにすごく憧れとった。自然て、ものすごく合理的にできてるんです。30年ほど前にこの「唐長」を継ぐことになって、180度違う世界に入ったんやけど、でもね、僕のもっているそんな潜在的なものが結びついとるんですわ。
唐紙は和紙に版木を使って紋様を刷る。曖昧の最たるものやね。道具といっても、直接手の平の感触だけで刷ってゆく。和紙を染めるにしても、刷毛なんてものも僕にしたら手のかわり。和紙自体も、こんな「不揃い」なもんもない。しみこみすぎると思ったら手早く対応するとかね、やってるうちに自然にかなった合理性があることに気がついた。これに妙に納得したら、よけいに面白くなった。最初はね、無駄ばかり。ところが、手が慣れてくる。「のり」の加減を変えればいいとか、感覚的なことが身についてくる。そこまで長いけど、ひたすらやらなあかん。理屈じゃなくて、からだが動かんかったらあかん。でもその時が「スタート」で、実に理にかなうようになった。「手加減」というのは「いい加減」ということですごく曖昧なコトバだけど、最終的にはこれほど理にかなった世界はないことに気がついた。手で感じとったものとか、あらゆるものが、脳へいって、整理され、やりながら微調整していく。
そうするとね、「自分は自分や」ということになるから、弟子をとって伝えるということなんてでけへん。うちには子どもが3人おるけど、跡継ぎはいらないね。その子どもの能力であとやるのはええけど、自分のコピーはいらない。必要ないしね。お料理でも、微妙な味覚の突きつめたとこまではよう教えられんと思うんですよ。その人の料理を食べてみて違いがわかるだけでね。
いつから自分が唐紙師としていけるようになったのか。それはふり返ってみてもわからないけど、だいぶしてからですよ。一貫してあるのは、自然体でつくれた唐紙は最高やと自分で思うてる。例えばね、かすれててもその瞬間で納得できてたらいいじゃないかと思うようになりましたね。昔はね、一日何枚刷るか目標つくってやってた。襖の大きさを30枚。一日、朝遅うから夜の9時より遅くまで。昼はいろいろやることあるから、どうしても夜型。10年ぐらい続いたかな。今はようせんですよ。量産に対しては抵抗感があって、2、3枚でやめる。瞬間的。そのかわりものすごく集中力はでてきた。で、日が暮れたら仕事やめる、みたいな感じです(笑)。
桂離宮をやった時が一つの時期やった。でてきた古い資料の唐紙をもとに、要するにコピーをつくり復元する。そういうことが大事な時期やった。保存ということ、伝えるということも大事やし、江戸の初期の人に戻らなあかん。今、桂離宮やったら、絶対にちがうやろね。無理のない、自然体でやった復元をやるやろ。
唐紙というのは「空気づくり」みたいなもんでね、表現でもなく観賞用でもなく、暮らしの中で用を足すものであって、部屋の中の空気を支えるもの。音楽の音とかも一緒やと思うんですね。ベートーベンでもいろんな人が演奏してるし、聴く人によって受ける感じもちがう。曲は何百年前に作曲された同じものでも、今の人が弾くと、昔とはちがうものができる。唐紙は版木が元です。これが無くなったら終わりです。ベートーベンみたいな版木があって、時代感覚で、同じ柄でも色の組合わせとか微妙にかえてゆく。そうすると今のものになる。使うのは今の人やから。唐紙のよさを知ってもらう場所もこれからつくろうと思うてます。ただ古いまま伝えていくだけが「伝統」やないですよ。かといって新しく勝手なことをすればいいわけでもない。伝わってきたものの、ある種の純粋さをだすこと。唐紙はよう物言わん版木の表現です。使い手が暮らしの中でどうイメージをひろげられるか、それをやっていきたいんですわ。
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