goto's Q / 020 菊地成孔
Q.陶酔か、覚醒か? スローか、衝動のハイスピードか? 刺激それとも安らぎか? 快楽の強度は、音楽や食べ物、映像をつくっていく。さあ、快感の中心にあるものは何?
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梅雨前の、とても爽やかな土曜日の昼下がりだった。待ち合わせた店にも風が吹き抜けていて、ヤツは女の子たちをかたわらに座らせておきつつ、もう夢中にクスクスの味に溺れていた。「ここのクスクスはちゃんとウサギと羊の肉が入ってるし、それでいてモロッコ料理屋とかで食べる大げさなクスクスじゃなくって、カフェでさっと食う感じで嫌いじゃないですね」。満足気に笑ってる。菊地成孔のユニット、デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデンのアルバム『structure et force』は、文字通り、快感における「構造と力」を活用し、差異と反復を駆使し、肉体的な快楽を与えてくれて聴き浸ったけれど、彼の著作『スペインの宇宙食』は、それにもまして食べ物、SEX、文章など全方位に向けての快感戦争宣言のような凄みがあって、痺れた。嫉妬した。当然、語り合いたいのは、快感のこと。ヤツは「40代」デビューだからと言い、痛快なほど明晰に、分析学的にしゃべりまくる。「快楽を開くってことがすごい中年の楽しみじゃないですか」と言うので、つい、「それってサイコプレイボーイってことだよね」とかえすと、ハハハハと二人で大笑いとなった。good! 楽しみのコツは、さっと切り上げること。『花椿』の僕史上、最短のインタビューで、バイバイした。そう、万事はこうこなくっちゃいけない。
ANSWER:実家は親父が板前だったし、母方も寿司屋。食いもの快感って、育ちがすべてじゃないですかね。僕は、千葉県銚子市っていう、海産資源が非常に豊かで、賑わった魚市場の街で生まれたから、子供の頃はイワシとかじゃことか、安価で大漁にとれて、しかも栄養価の高いシーフードばっかり食べてました。生鮮魚よりも天日干しした干物とか、じゃこの釜あげしたものとか、「ちょっと仕事がしてあるもの」が好きでしたね。まあ、フランス料理のシェフだって、ぐるっとひと回りして、サバにオリーブオイルと塩だけでグリルしたやつがうまい、イタリアの家庭料理がうまいとか言うんだけど、でもやっぱっり、このあいだ北京、上海、青島って行ったんだけど、料理の中に、気が遠くなるような仕事がなされていて、食事のたびにのけぞる思いでしたね。
いや、本当に食うのが好きなんです(笑)。銚子といったって別に東京は近いから、中学くらいから父親が舌を鍛えようといろんなところへ連れてってくれてましたしね。まあ、1970年代に50代だった男が知ってる美味しい店という意味では、その当時美味いといわれる店にはあらかたまわりました。
今まで数多くのね、日本の中や、世界の料理を食べてきて、食材単位だったらマグロって言うんだけど、料理単位で一番好きなのは何かっていったら、「天ぷらソバ」って答えますよ。長崎の天ぷらソバでもないし、大阪のでもなく、「東京」の天ぷらソバ。天ぷらソバの美味しいのが一番美味しい。
だからね、自分の快楽の中にあるものを考えるとね、天ぷらソバっていうのは単純だし、すごく普通の食べ物ですよね。ストレート。ところが一方で「倒錯」というのがあって、直線的に目的にたどりつかない。迂回して、迂回して行くってことがある。僕自身はつねに「分析的な立場」だから、ストレートですよ。ところが相手として選ぶ対象が、迂回したり自閉したりして人の五感をはずしたり、恥じらったり自己を守ろうとする経路ができあがってく相手だったりするんです。このあたりの「ドア」は堅いけど、こっちは柔らかい。いや、ここに「ドア」があることさえ相手は知らない。そういうことを判断していじくってゆくのが快感でもあるんですね。ところが料理はそういう迂回が必要ない。口に入れただけでうまい。だから、料理で休んでるのかもしれない。
快楽というのは、そのストレートさと迂回の複雑な組み合わせからくるわけだけど、その源って、僕の場合は、音楽じゃなくてSEXでした。僕は小さな頃、性的な虐待があって、だいたいそういう人は2WAYあるんです。一つの場合はSEX嫌いになる。もう一つはSEXってこんなに素晴らしいんだっていう自己証明のために、どんどんエスカレートしていくことになる。僕の場合はそっちだった。物心ついた段階で、そういうセクシュアリティからくる「快感」が形成されたんだと思います。
昔だったらSEXが一番快感で、音楽はSEXの供物みたいなもんだと思ったし、「いい音楽はSEXよりいいよな」っていう大人を馬鹿にしてた。ところが最近、一番快感なのは音楽に変わった、大人になったんでしょう(笑)、若干ね。もはや長生きしたいと思ってるし(笑)。父親が今年1月に死んで、明らかに自分でもわかるぐらい、変わった。あと、厄年とかも関係あるんじゃないかな、41だしさ。中年デビューっていうのは、若造にはできない楽しみが待っていますからね。
今は精神分析と整体に通っていて調子いいですけど、一時は、なんとなく人より速く進んじゃって、9.11の1年ぐらい前から「戦争だ、戦争だ」って言ってたら、不安神経症になってしまった。だから今も、「止める」訓練ばっかりです。駅で切符買うために100円玉入れるのも1秒待ってからするとかね。それだけでぐっと自分の生きている速度が減速する。スローライフやスローフードとか、全世界的に近代ってものの速度にブレーキをかけないと大変ってことにみんな気づきはじめてるわけだけど、とりあえず僕は僕の都合によって減速してます(笑)。
今の若い子は、僕から見たらすごく病理的。SEXもそうだし、対人コミュニケーションにも、すごく障害や乖離、抑圧がある。それをネガティブにとらえるんじゃなくて、快感に浸ってしまえば絶対に解放されるのに、逆に快楽が恐怖になってる。特に20代は臆病。怖がりなくせに、安全性が確保されてる限り何でもやってしまう。それってまったくコンセプトが違うっていうかさ。
でもね、10代の子たちは、快楽に対して貪欲で、ルビコン渡ろうっていう感じの子が多い気がするね。90年代って軽い鬱文化だったけど、またハイスピード化してきた。やっぱり、これからは軽い躁文化なんだと思うんです。
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