goto's Q / 022 米田知子

Q.戦場であっても青空があり、人々には食事をつくる日常がある。悲惨な報道写真ばかり見ていると、そのことは忘れがち。「平和」って何? 「戦争」って何? 写真が切りとる「政治性」って何だろう?

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「ミラン・クンデラが好き」と米田知子は言った。「なぜ?」と聞き返すと、「彼も記憶について書いているから」と答えた。彼女の写真は、静かだ。そこには、何でもない風景やホテルの部屋、小さな家が写っているだけ。しかし、それがノルマンディの海岸であったり、ヒトラーが宿泊したホテルであり、スターリンの生家であることを知り、写真を見る人は奇妙な気持ちにさせられる。「ある」ものと「ないもの」。「なくなった」はずなのに、実は「あり続けているもの」。米田知子がこだわり続けているのは、その2つのことの関係だ。数年前、取材でレニ・リーフェンシュタールの100歳の誕生会に行ったことがある。その時僕は、写真撮影を米田知子に頼んだ(彼女の撮影アシスタントは、なんと夫君であるグラフィックデザイナー、ジョナサン・バーンブルックがつとめてくれた)。仕事のあと僕たちは3人で、ヒトラーやSSの秘密本部があったイーグルズ・ネストへ観光客に紛れて見学に行った。物見遊山の者もいれば、親子っぽい人もいたが、彼女はとにかく自分の目で見て、肌でその空間を感じようとする。「歴史的事件」の現場は、その異様な力によって、時空が歪められてきた痕跡が消えないものだ。コトバで処理するのではなく、まだ生々しく「そこにあるもの」に触れること——その米田知子の現場感覚に僕はとても共感する。横浜美術館での「ノンセクト・ラディカル展」に米田知子は参加したが、その時の彼女の出品作は、「記憶」というよりも、まだ戦争の熱が冷まされていない「現場」。しかも、そこにあるのは、サラエボの雪の景色であり、地雷警告の前のベンチでくつろぐカップル。それは、僕らがいる「この場所」とさして変わりない。「ここ」と「そこ」の違いは何か? 米田知子の写真を前にして僕は今、「政治性」ということについて考え続けている。

ANSWER:ちょうどロンドンに私が移住したのは'89年、'90年頃、ベルリンの壁が崩壊したり湾岸戦争が勃発する頃だった。TVでルーマニアの独裁者チャウシェスクの処刑シーンが報道されたり、バグダッドの夜の爆撃の光景や、誘導ミサイルからの映像が連日流されていた。それに、私は、もともと子どもの頃から歴史やノンフィクションが好きだったり、両親が戦争体験者だったこともあって空襲の話をよく聞かされていました。きっとそういうのがすべて混ざりあって私に影響したんだと思います。

20世紀が終わり、秘密文書がたくさんでてきて、歴史の裏側がどんどん暴かれるようになった。今回のイラク戦争にしても、実は「大量秘密兵器」はなかったってCIAまでが発表したりね。もう、何を信じていいのかわからない。今まで信じられてきたことは、実は歪曲されていたり、真実の裏側があったり。ロンドンに住んでいると、イラクからの生々しい映像、憎悪にあふれたものが毎日どんどん身近なものとして入ってくる。時々日本に帰って来て痛感するのは、TV番組にしてもニュースが少ないことです。まるで人々に新聞を読ませたり、ニュースを見せないようにしてるような気がしてしょうがない。「政治性」というのは、まずはダイレクトなものだけど、同時に、自分たちが着てる服が「どこ製」であるとかいうことにだって政治性がある。でも、日本人はそのことが全く見えなくなってしまった。

今までは、20世紀の歴史的な場所を撮影していたんだけれど、今回の作品では、サラエボやレバノン、そして韓国側から北朝鮮を撮影した。それらの場所は、今も解決されていない問題をはらんだ紛争の地ですよね。いろんな偶然が重なって、ベイルートやイスラエルと南レバノンの国境に行った。ヒズボラの拠点、あの写真を撮る前日もミサイルが飛んできたし、帰った次の日も攻撃があったらしい。大使館のホームページでも「危ない。南には行かないように。地雷があちこちにありますから舗装されているところしか歩かないように。ヒズボラとイスラエルからの攻撃があります」。でも現地のレバノン人に聞くと、「そんなの大丈夫、今は平和だよ」って(笑)。サラエボへは自分で計画して行ったけど、2、3時間ドライブした街に行ったら、今でもそこはまだ人種間の対立があって、部外者であっても空気で憎しみを感じ取れるぐらい。そういう場所は、場所の方から撮らせるものがあるんですよ。もちろん行く前に下調べする場所もあるけれど、行くと、「ここかな」って思う。サラエボで撮った「スナイパー」の場所は現地の人に教えてもらった。その場所に行ってみると、まわりは銃弾の痕だらけだし、「スナイパーズ・ポイント」というのは同時にカメラの「シャッター・ポイント」、どちらも「シューティング」ですね。そういう場所はやっぱり危なくて、撮影時間がないことが多いから、車で移動して、ぱっと撮る。ヒズボラ村の時なんか、あそこで三脚立てて、望遠レンズつけて撮ってたら、銃だと思われて撃たれるらしい。

報道カメラマンでもないのに、何によってかきたてられているんだろう? それは、やはりTV映像などで見聞きしているその場所を、自分の目で見たい、今どうなっているんだろう、その事実を把握したいっていうのがまずある。報道写真でも、人が死んでいる写真は、見たくないと思う人はたくさんいる。でも私のように「静かな風景」だと、入りやすいというのはあると思う。「政治性」とかに興味のない人にも見てもらえる。一見、日常的なものであろうと、そこに「政治性」もあるかもしれない。けど私の作品は人の痕跡をあらわすものだと思います。正直、私が写真でやっていることって「暗い」ことかなと思って悩むこともあるけど(笑)。ましてや悲劇の記憶の生々しいところを選ぶようになってきているしね。一生続いていくプロジェクトなんだと思う。

今、次に行きたいと思ってるところは、硫黄島の摺鉢山。太平洋戦争の時にアメリカ軍が星条旗を立てたところ。イラクもそうだったけれど、アメリカは戦争をしては、旗を立ててまわっている。今度、スピルバーグの総指揮で映画化されるらしいけど、あそこの「今の風景」を撮ってみたい。写真化され、プロパガンダで表現された場所の今を撮ってみたいと思っているんです。

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