Esquire Magazine Japan / 2006年4月号
『Esquire』連載
GO TO MEET THE ARTIST TODAY
トマス・シュトゥルートに会う。
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● GO TO MEET THE ARTIST TODAY──トマス・シュトゥルートに会う。
「時代の無意識」を写真に撮りながら、「でも楽観的でいたい」。シュトゥルートとの対話。
トマス・シュトゥルートに会うのは3年ぶり。デュッセルドルフの家で、彼はこう言った。「社会化した無意識、実在するものとしての社会の無意識をモチーフとして、個人と社会が形成される中で生まれる個人の葛藤や対立に関心がある」と。そのコトバはとても印象に残っている。彼はベッヒャーシューレのアーティストに属すから、その無個性を装った「街路」や「ファミリー・ポートレイト」などのシリーズは、単なる「タイポロジー」のスタディだと思われがちだ。だが彼は、社会の中に「ある」にもかかわらず「不可視」なる矛盾に、予想以上に熱い人なのである。
今回の来日は、京都造形芸術大学で昨年末に行われた「世界アーティストサミット」のパネラーへの参加だった。アーティスト宮島達夫の発案によるこのサミットは、「絶望的な世界を希望のある未来へ変るために、世界をリードするトップアーティスト8名が京都に集結し、アーティストの想像力から生まれた世界を変革する具体的アイデアを議論し、提案する」ことを目標として2日間にわたり行われたものだ(http://artists-summit.jp/)。
今、アートというフォームはとても面白いポジションにある。たとえばシュトゥルートの作品は、きわめて社会批評の産物でありながら同時に、バーゼルのアートフェアや、世界のマーケットで高額で取り扱われている。白か黒かではなく、「矛盾」の中を泳いでゆくこと。彼はラディカリズムなスタンスを意識的に持つ一人だ。
僕はシュトゥルートに「この3年ぐらい、戦争やテロが地球上で連鎖的に起こっている。あなたは、いろいろな場所へ行き、環境と人間の関係を撮っているけど、何か変ったと思うことはありますか?」と質問した。彼は、よいテーマだねと頷いてこう言った。
「シニカルにならないのは難しい時期だね。だから宮島もサミットを考えたんだ。もともと僕の写真は、戦後のドイツの歴史と関係している。君も来た僕のアパートメントの一部は、かつての爆撃で破壊され50年代に修復された。ベルリンの壁が61年にできて、僕はそれ以来、何が「よい社会」なのかってすごく考えるようになった。今や、そんな問いさえしない時代だけど、僕たちは、社会がどうなるべきか考えていかなくてはいけないんだ」。そう言い、彼が続けているミュージアム・ピクチャーのことを続けて語った。
「5日間ぐらい美術館の同じ場所に立って1万人ぐらいの人を見るんだよ。メキシコ人、中国人、アメリカ人、フランス人……いろんな人がね。でも、どんなものになるか予想なくやる。それを撮る過程で、みんなが近づいてきてくれる。それも、ある一定の瞬間がやってきた時撮るんだ」
「現代社会の矛盾については、どんなことを考えてる?」
「僕はいつも、世界の何万もの都市、ドイツや日本で起こっているのかを知ろうとしている。新聞を読んだりね。最近だと、やはりTVで自爆テロのニュースを見た時だな。でも僕は何かを提案する時には、楽観的でありたいんだ。帰ったら、ドイツの主要な編集者に、新聞紙面に、何かポジティブなことだけを載せるページを作ったらって提案しようと思っている。クリエイティブな提案や成果、進展のあった試みとかだけを載せるページ。悪いニュースは人をインスパイアしない。新聞には、戦争、経済、殺人、環境破壊などを報道する責任はあるけれど、同時に人をポジティブな方向にもっていく報道の責任もあると思う」
「今、どの場所に行って、どんな場所を撮ればいい? どんな感覚でそれを選ぶだろうか?」
「選択はすごくゆっくりとした過程なんだ。“行ったことがないからインドへ行こう”みたいなやり方じゃない。僕はいろんな場所に行くのが好きだけれど、行き先はいろんなことが関係して決まっていく。イスラエルのような戦場へ行くことは重要だと思われるけれど、僕は戦争写真家ではないし、戦争の情景をドラマティックに撮るようなことはしたくない。もちろんドキュメンタリー写真のもつ力は実に強いものがある。ベトナム戦争が終結したのは、写真集や映画で、たくさんのアメリカ軍人が死んでゆくのを見せたからという説もあるぐらいさ。ユージン・スミスが撮った水俣の写真とか、イメージはとても大きな力を持つ。今回のイラク戦争ではアメリカ政府は映像の流出を恐れたしね。アブグレイブ刑務所の写真は、誰もが忘れられない強い力を持った。そうすると、ここで問いは“芸術を棄て、グリーン・ピースのために働くべきか”ということになる。それもひとつの選択肢だ。彼らから仕事を頼まれたらやるかもしれないし……」
この時代において、写真というアートフォームにできることは何だろう? 僕は2日間、サミットを通じて、少しずつ前に進んでいこうとする彼の姿を見続けた。彼は諦めない。それはこの時代においてとても重要なことだ。彼とはこれからも対話を続けていくことになるだろう。
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