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043:旅「ここではないどこか」を生きるための10のレッスン |
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6.00点
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| TITLE |
「行って損した!」
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憧憬と逃避のはざまで。
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パスポートも国境もない世界へ旅立つことは可能だ!
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| GOOD |
美術展のチケットがカワイイ。飛行機のチケットに似ている。チケットを手にすると、これから飛行機に乗ってどこかに行くような気がして足取りも思わず軽くなった。売り場ではチケットのほかにパスポートサイズの簡単な解説書もくれる。展覧会場入り口ではチケットを実際の飛行機に乗る時のように半分にちぎってもらい、さらに搭乗手続きの際に押すようなスタンプも解説書に押してもらえる(このスタンプもかわいい)。本当に旅行に行くみたいでワクワクしてすごく気分がよかった! |
移民、亡命、越境、ディアスポラ、ポスト・コロニアリズムetc. カルチュラル・スタディーズの文脈で語られる(しかしよく分からない)諸問題を含む美術作品を、「旅」という身近なフィルターを通して、平易にとらえなおしたキュレーションがいい。視点を変えることで価値の転換を図るという、キュレーションの醍醐味が味わえた。マイベスト・レッスンは瀧口修造の「リバティ・パスポート」。海外へ旅立つ友への私的な思いやりが生んだ、最高に詩的な心の身分証明! コンセプチュアルな現代アートの作品の中で、純粋な意味での“旅情”をどれよりも喚起された。 |
旅とは必ずしも観光やビジネスだけのことであるとは限らない。ひとつの場所に住む、という生き方の外に押し出された人々がいる。第二次世界大戦前夜、ナチスの迫害を逃れ、ポーランドから亡命する際、一時神戸に滞在したユダヤ人の人々。安井仲治の写真には安易な同情を拒む程の境遇の厳しさ、そして人々の壮絶な不安や失望が写し出される。しかし、それとは裏腹に、人間の太古から持つ強靭な生命力を感じる。それはまるで私の目の前で起こったかのように胸に深く刻み込まれる。いつも思うことであるが、写真や作品は私の記憶をかき混ぜ一瞬、どこまでも遠くへ歩いていけるような錯覚を起こさせる。20段ほどあるだろうか。目の前に現われた白い階段。階段の頂上からは強い光が放たれ、まっすぐ目を向けることはできない。だけど、どうしても登ってみたい。その先に何があるのか、どこにつながっているのか。足を上げようとするが、登ることを拒まれてしまう。これ以上進んではいけない。なぜなら、階段の一段目は、床から40cm程浮いている。雄川愛の作品から、いつかどこかで見た場所や体験したことがあるような曖昧な記憶を呼び起こされる。いつかどこかで確かに見た景色。そんな場面との遭遇をこの企画展では旅にでなくとも体感できる。 |
| BAD |
でも実際の展示は楽しくなかった。つまらなかった。旅に必要な、ワクワク感とか「何これ!」という発見があまりなかった。この展覧会のキーワードである「ここではないどこか」を私たちに提示しようと頑張っているのは伝わってきたが、旅にこだわりすぎた展示品も心惹かれるものがあまりなかった。美術作品を見ること自体、「ここではないどこか」に行くことなのだと思うのだが、妙にそれにこだわって、かえって失敗している感じがしてしまった。 |
しかし、テーマ設定ありきのセレクションなため、作品の本来の意図とはズレている作品もあったように思う。また、作家の「ルーツ」が説明されないと理解しにくい作品もあった。しかし、テーマに回収されずに多様な見方ができる強度をもった作品こそ、逆に、「ここではないどこか」へ単純に浮遊せず、いつまでも心に引っかかるのではないか。はからずも、各作品の優劣が明確にあぶり出される結果になった。 |
いままでにありそうでなかった10人の旅路であるが、方向性がバラバラ過ぎて消化不良を起こしそうになる。それは写真・映像・インスタレーション・絵画によるある意味雑多な寄せ集めにも感じられるからである。例えば、大岩オスカール幸男の作品から私は一文字も旅を連想することはできない。マンハッタンのビルの上に浮かぶ花々は、爆撃に立ち上る煙に見える。どうしても社会的問題を瞬時に読み取る傍観者の警告に感じて恐ろしくなってしまう。ペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイスの「エアポート」世界中の空港の写真はただ単に、渡航前の長い待ち時間を思い起こさせ気だるさを誘う。旅に出る。それは見知らぬ自分に出会う。開かれていく感覚を知ることである。しかし、展示の後半に進むにつれ開かれた感覚が閉じていくのは10人の旅路という多すぎる人選にいささか無理があったのではないか。 |
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TOTAL |
チケットやスタンプなど細部の演出が成功していただけに、失望感も大きかった展覧会。解説書があったのがかえってよくなかったかも。解説書は結構詳しくて親切だったが、作品の見方が限定されそうな気もした。また、解説書を読みながら進んでいくうちに、まるでツアーでガイドの説明を聞きながら観光名所をまわっているような錯覚を覚えた。この展覧会がつまらなかったのは、旅にもっとも重要な、「解放感」が欠けていたからなのかもしれない。 |
“国立”近代美術館という名前から抱くイメージとはうらはらに、ここで企画された展示は実に風通しのいいものだった。内容だけでなく、タイトルやカタログの造本(パスポートサイズの布張り)、バリエーションに富んだトーク・イベントまで実に目配りの効いた展示。その空気に誘われたかのように、『Casa BRUTUS』を読んでそうな学生から、旅好きのオシャレな女の子、ピクニック気分なこども連れファミリーまで、さまざまな人びとが皆楽しそうに見ていたのが印象的。 |
私たちは「ここではないどこか」をいつでも追い求めている。しかしいざ、足を前に出そうとするとその場所は消えてしまう。あるいは、自分の思っていた場所とは違うと引き返すのかもしれない。今回の旅展では、人間の移動による適応能力の力。そして見知らぬ自分に出会う、旅によって開かれる可能性の力を確信した。人間て強い。凄い。感覚・生命力・運。旅には原始的な感覚を要求される。地球の歩き方なんて持たなくていい。地図を広げるより、まず自分の心を広げよ。パスポートとは何だ?国境とは?今回の70点の作品を見て、私の脳みそはどこか遠い場所へ飛ばされてしまった。22世紀におそらく流行るであろう、{アナログ型旅マシーン}をここで発見してしまったのである。 |
| POINTS |
3 点
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9 点
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6 点
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REVIEWER PROFILE |
■阿部みはる reviewer no. ■■■ 会社員。旅展に行ったせいか、今年の秋にベルリンやプラハを旅行した時のことを思い出します。日々の雑事から解き放たれて、一歩あるくごとに自由になっていくような気がしたもんです。やっぱり旅はいいですね。 |
■小林英治 reviewer no. ■■■ ■1974年生まれ。映画館(暗闇)好き。東京写真旅行社メンバー→海外ツアー切望。とりあえず正月は実家(伊豆)に帰って富士拝みます。 |
■すずきのりこ reviewer no. ■■■ 現在グッツプランナー(見習い中)。最近の気になる人物は、探検家アーネスト・シャックルトンと書家の井上有一。 |
Posted by gotonewdirection at March 8, 2004 12:01 PM
free adult
Posted by: adult-free at June 2, 2004 05:54 AM